バランス・スコアカード

はじめに
 
ハーバード・ビジネス・スクール教授ロバートS.キャプランとコンサルタント デビッドP.ノートンによって、1992年1・2月号の「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌に掲載された論文、「業績をドライブする指標『バランス・スコアカード』」が、きっかけとなって、世界に広く知れ渡りました。

 下図は、バランス・スコアカードの基本コンセプトです。


 バランス・スコアカード(BSC;Balanced Score Card)は、大企業を中心に採用されていますが、いわゆる中小零細企業にとっても、先行き不透明な進路を突き進む上で、重要な経営管理手法ではないかと、思います。
 「今期中に売上目標○○億円達成」、その方針施策として、「主力商品の拡販」「新規顧客の開拓」、その上、「来週中に○億円必達だ。とにかく、頑張れ!」という経営者はいないでしょうか?
 そういわれても、部下はどのようにして良いか分かりません。
 一方、優秀な経営者・管理者とは、競合他社に勝つため、売上目標・利益目標達成のための指針を提示し、具体的な行動レベルでの指示を出し、さらにそのために必要な能力開発を実行します。つまり、部下のために目標をブレークダウンし、日々の行動レベルでの指導ができる人のことです。
 バランス・スコアカードは、この「目標をブレークダウン」すると同時に「目標達成に誘導」するフレームワークなのです。

バランス・スコアカード
バランス・スコアカードの四つの視点についてみていきましょう。

財務的視点

 「財務的に成功するためには、株主に対してどのように行動をすべきか」
 戦略的な財務テーマは、成長と生産性向上です。
 「成長」とは、売上の拡大のことで、新規の顧客からの収益の増大を意味しています。「生産性向上」とは、原価の削減であり、資産効率を向上させることです。企業の長期的ゴールが投資家の財務的利益を獲得することであり、企業の中期戦略に照らして、財務の目標には何が最適か考える必要があります。
 一般的な業績指標(成果指標)は、純利益、売上高、使用資本利益率、経済的付加価値(EVA)、売上高成長率などです。

顧客の視点

 「ビジョンと戦略を達成するために、顧客に対してどのように行動すべきか」
 企業は、どの顧客ないし市場セグメントをターゲットとしていくべきかを決定する必要があります。
 この顧客ないし市場ターゲットに対して働きかける3つの価値提案プログラム(戦略)があります。
 企業が顧客に提供(提案)する価値とは、機能、品質、価格、時間で構成される製品とサービスの特性、及び、イメージ(評判)、並びに、対顧客関係からなると仮定しています。
@   製品リーダーシップ戦略
時間、性能(機能)、ブランドイメージを差別化して、ユニークな製品・サービスを提供する。
 ソニー、インテル、アサヒビールなどの企業が採用しています。
A 顧客関係重視戦略
 サービス、顧客関係を差別化し、顧客の問題解決をするためにあつらえられ、長期の関係を構築するための個別のサービスを提供し、信頼のブランドというイメージを与えます。
  メリルリンチ、リッツカールトンなどの企業が採用しています。
B  卓越した業務戦略
 価格、品質、時間、選択(機能)を差別化し、無敵の価格で重要なカテゴリーでの品質と製品種類を提供し、賢い消費者のイメージを与えます。
 マクドナルド、デル・コンピュータなどの企業が採用しています。

 企業が選択した価値提案を最も正当に評価する標的としての顧客に対して、その成果がどの程度であるか測定される必要があります。
さらに言えば、この選択は標的とする顧客あるいはニーズ以外に対してはサービスを提供しないということでもあります。
業績指標としては、ターゲット市場における占有率、顧客定着率、新規顧客獲得率、顧客満足度、顧客の利益性、サービス・製品の開発進捗状況、顧客提供価値向上のための計画の進捗度標などがあります。

社内ビジネス・プロセス(内部プロセス)の視点

 「株主と顧客を満足させるために、どのようなビジネス・プロセスに秀でるべきか」
 ここでは、財務的視点と顧客の視点での成果を企業は望んでいるが、その達成のためにどのように企業内部で活動するのかを選択することで、4つのプロセスに分けます。
@  革新のプロセス
 新しい市場セグメントや現在の顧客の潜在的ニーズを見極め、そのニーズを充足する新製品やサービスを開発し設計するプロセスです。製品リーダーシップ戦略を選択した場合、重要となります。
 業績指標としては、新製品やサービスの開発件数、ターゲットとする顧客に関する開発製品やサービスの成功件数、開発効率、特許取得件数などです。
A  顧客管理のプロセス
 既存顧客に対する関係を強化するプロセスです。顧客関係重視戦略を選択した場合、重要となります。
 業績指標としては、顧客の再発注率、顧客継続率、新しいアフターサービスの開発進捗率などです。
B   業務のプロセス
 顧客から受注し、製品サービスを提供するプロセスで、スピードと効率性に重点を置きます。卓越した業務戦略を選択した場合、重要となります。
 業績指標としては、業務の効率性、原価低減、品質管理、欠陥品比率、サイクルタイムの改善などです。
C   規制と環境のプロセス
 企業活動は、健康、安全、環境、社会に配慮し、「良き企業市民となる」必要があります。

学習と成長の視点

 「戦略を達成するために、どのようにして変化と改善のできる能力を維持するか」
 この視点は、組織体の活動や顧客との関係が絶えずより高い水準の成果を達成できる構造的基盤を提供することであり、3つに分類できます。
@   戦略的コンピタンス; 戦略を支援するために従業員に求められる戦略的なスキルと知識
 業績指標として、特定資格の保有率、従業員のスキル満足度などがあります。
A   戦略的技術; 戦略を支援するための情報システム、データベース、ツール及びネットワーク
 業績指標として、情報システム利用率、情報リテラシーレベル、情報共有・活用度などがあります。
B   組織風土; 戦略を後押しするように従業員を動機づけ、権限を委譲し、方向付けるために必要な組織文化の変化
 業績指標として、従業員の(風土に関する)満足度、現場の草の根活動の展開状況などがあります。

四つの視点の結びつき
ある商社のBSC抜粋(下図)をみてください。
 財務的視点での戦略目標は、「売上収益の拡大」という成長戦略を採ります。
 そのためのドライバーとして、「商品の継続性」(取引継続)と「商品の広がり」(取引の拡大)を設定しました。
 そのための顧客戦略として「お客様の課題解決につながるテクニカルソリューションの提案」を掲げ、そのため、内部プロセスを「お客様の製品ニーズに最適な商品を選択・検索する」といった観点から改革し、長期的な学習の視点から商品知識と多様なアプリケーションの蓄積とそのデータベースの構築をあげています。
 BSCにおける目標の設定過程では、財務、顧客の視点から、内部プロセスの視点へ、さらに、学習と成長の視点へと進みます。
 逆に、目標を実現するためには、「学習と成長」、「内部プロセス」「顧客」の目標達成があって、最後に、「財務」目標が達成されることを、下図の矢印は示しています。

ある機械部品専門商社のBSC抜粋

成果指標、先行指標

 BSCは、上述した四つの視点ごとに、目標、成果指標、先行指標を設定します。

 日々の業務の中でマネジメントされるのは成果指標をドライブする(駆り立てる、高める)「先行指標」であり、期末の業績評価で重要となるのは成果指標なのです。
 例えば、成果指標=半期当たりの契約締結数、その先行指標=週当たりの営業提案件数。
 営業提案件数が契約締結数の増加に関係している?という疑問の声が聞こえてきそうですが、この例示はある会社の営業部長が考えた仮説と思ってください。
 先行指標は企業によっていろいろなものが考えられます。


なぜ「バランス」スコアカードなのか?

@  短期、中期、長期の業績のバランス
 財務的な短期的業績のみを追いかけるのではなく、中長期的な財務業績を安定的に実現すべく、将来の財務業績につながる顧客への取り組み、内部プロセスの断続的な改革、従業員のスキルの向上への投資を行うというのがBSCの基本的な発想です。
A  異なるステークホルダー(株主、顧客、サプライヤー、パートナー、従業員)間のバランス
 ステークホルダー間のバランスを欠いたマネジメントを日常よく見ることがあります。
 例えば、顧客満足経営を標榜して、顧客の要求に過剰対応してしまったために財務業績が悪化した。
財務業績、顧客満足のみを追求した結果、従業員への投資が疎かになり、従業員満足度を著しく損ない、多くの人材が離職し、結果的に財務業績が悪化してしまった。
B   財務業績と非財務業績とのバランス
 財務の視点のみが財務業績を示し、残り3つの視点は非財務業績で示されます。
 財務業績の計測が困難な間接部門、公共部門の業績評価にBSCを適用することができます。
 また、財務業績に重点を置く組織には財務の視点にウェートを置き、そうでない組織では低くするといった運用ができます。
C   組織間のバランス
 BSCは、まず事業部門単位ごとに策定されます。
 縦方向への調整;事業部門ごとに策定された戦略は、当該事業部門の管轄下にある事業組織・機能組織へとブレークダウンされる必要があります。
 さらに、組織のすべてが目標を100%達成したときに、その事業部門自体も目標を100%達成できることを担保される必要があります。
 横方向への調整;互いに役割分担して分かち合う目標と、互いの共通目標として共に掲げることが求められる目標を区別して認識することが必要です。

マネジメントシステムとしてのBSC

@  ビジョンと戦略を明確にし、わかりやすい言葉に置き換える
 企業が今後、三〜五年後に達成しているべき具体的な目標と業界内のポジションについて明確に記述する必要があります。そのためには、顧客戦略として、どのような顧客セグメントを狙い、どの顧客にどのような付加価値を提供するのか、明確にする必要があります。
A   コミュニケーションとのリンケージ
 @で定めたビジョン達成のために、各組織の責任と権限の範囲内で管理可能な業績目標をBSCで設定します。全従業員にビジョンを理解させる必要があり、そのため、継続的な教育プログラムが必要になります。
B   戦略計画とターゲットの設定
 戦略目標を設定し、その目標に沿った年間の資源配分と予算をリンクさせる必要があります。
C  戦略的フィードバックと学習
 期首に立てた数値目標と実績値を比較し、ギャップ分析を行います。
 次期計画が着実に実行されるように、ギャップを明らかにし、組織全体の学習につなげていきます。

 このように、BSCのフレームワークを中核に、Plan-Do-Seeサイクルを回すことで、戦略的マネジメントシステムの構築ができます。

最後に

 バランス・スコアカードに興味のある方は下記の参考文献をお勧めします。

参考文献

    「実践バランススコアーカードーケースでわかる日本企業の戦略推進ツール」 著者;柴山真一他  発行;日本経済新聞社

    「バランススコアカード」 著者;R.S.Kaplan and D.P.Norton 訳;吉川武男 発行;生産性出版
    「キャプランとノートンの戦略バランスト・カード」 著者;R.S.Kaplan and D.P.Norton 監訳;桜井通晴 発行;東洋経済新報社
    上記以外、講演会、ITコーディネータ勉強会のレジメの資料も利用させて頂きました。